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失敗の美学

言い聞かせでも正当化でもなく、

最近「失敗の経験」ていいなと思うようになりました。

自分が失敗したからというわけではなく、成功している社会人はほとんどそれ以上の失敗をしているんだなぁということをちょいちょい知ることがあって、みんな口を合わせて失敗ばかりだったと言いました。

その人たちの言う言葉の一部を拝借すれば、

try and error の繰り返しだそうですよ人生

失敗の数は多いほどいいらしいので、何だっていいんですよ

まぁあの3月には二度と戻りたくないですが

ところで早く夏にならないですかね?

夏休みとか夏休みとか


本当はこれを書いてる場合ではなく、また大学の課題がエベレスト盛なわけですが、今日は書きます。



また明日から、なわけです。

明日は学校をちょい早めに切り上げて、美容院へと向かいます。

髪を切るためです。



書くとかほざいておいて大したことは書けず、本当に申し訳ない。


書ける日がないときはクオリティを下げたくないのであまり書きたくないのですが今日はなんだか書きたいという気持ちだけが先走ってしまいました。



ではこの話をします。

なんだか、職業として人に接してる時の笑顔と、普通にしてる時の笑顔は全くもって別物だと感じるわけです。


私って、めっっっちゃツボ浅いんです。ふつうに人と話してたら営業スマイルとか無理してるわけじゃなくたいていの場合自然と笑えてくるんですよ


でも本当に無理にしてるわけじゃないので、笑顔を作る、となるとまた難しいんですね



大人になると、損得の関係でしか人と交流を築けなくなるってよく聞くじゃないですか

人が好きなので営業とかそんな苦痛じゃなさそうって思ったけど、なんかそういうもんじゃないのかなぁって最近考えます。




ところで一緒にいて楽しい人って最高ですよね、

面白いし、浪人経験があるし(絶対的推しポイント)、めっちゃコミュ障そうなのにすごいフレンドリー、みたいな


高2くらいになんだかわかがえったきがします。


ところで男性がたってどんな女の子が好きなんですか?








あ、顔ですか?







そうですか。



来世ですね。










罪悪感



人間が社会で生きていくにあたって凄いなぁと感じるのが「罪悪感」というシステムです。

ずる賢く、他人を傷つけて這い上がった人はなんだか得してなぁと感じることもありますが、うまく人を蹴落として生きていこうとすると、罪悪感が生まれます。


たとえば道端でゴミを落としても、人の悪口を言っていても、罪悪感が生まれます。

秩序が生まれます。

よくできたシステムです。



なぜ私がこんなことを記事にしているのかというと、自分の中の行動に信頼を裏切るものがあったからです。

自覚と覚悟が足りなかった、浮ついた行動をとってしまったことに今日気づかされました。

相手方はそのことを知らないので、完全に自己完結な話ですが。。


受験に失敗するような欠陥品なので、

今度からは誰かからの信頼を裏切るとも言えるような行動はとらない人間性の成長に努めたいです。



体力


が、落ちましたw一昨日の体育で筋肉痛がやみません。


なんなら2/13の試験も落ちまry



きょうで大学始まって2週間が終えていました。

平坦な道ではありませんでしたが、恐れていた四月よりは心が健康な状態でいまを過ごしています。


友人の前でTwitter活動をしにくい&授業などでなかなかTwitter業が捗っていません…



今朝は慶法のコと早稲田に行きたいというLINEをしていました。「来世早稲田行こうね」と言ったら、「来世じゃなくても行きたい」と言うので「これは、」と思ったら彼女は編入を調べているとのことでした。

わたしも早稲田への編入は調べていたのでオオォ、と思いました。

 これは仮面浪人に誘うしかない、そう思いましたがその考えからは一瞬で引き戻されます。

何せ彼女はAOで慶應に入った身、一般受験をやるにはあまりにも酷なのです。


早慶戦を早稲田側から見ようね、と約束しLINEは終わりました。



そして今日はこんなことがありました。

普段から仲良くしている友達が部活でミスをし、朝からかなり凹んでいました。


内心、仮面失敗するのに比べたら…と考えていましたが、そこは比べるところではなくどんな悩みでもその人にとっては大惨事だということくらいはわかります。


どうやったら励ませるのだろうと考えていたけど、それっぽい言葉しかでてきませんでした。

「失敗しなきゃ成長しない」「成功だけよりも強くなれるよ」「時間が経てば〜」など言葉にしてみましたが、やっぱりそれは他人に言われてどうこうというものではなく、本人が本人の中でその事実を消化していくしかないのだなぁ…とも感じます。


いや難しいですね生きるって



なんともない日


最近の私が何をしてるのかといえば、当たり前の大学生活を送っています。


当たり前の大学生とはなんなのか、正直私の大学生活にはキラキラの欠片もないわけですが…(笑)



ついこの間はバイト先の飲み会でした。

それなりの人数でご飯を囲み、私はお酒を禁じられたわけですがお酒を飲む人もいて、わいわいする。久しぶりの感覚で、ふと思いました。

サークルもっと真面目に参加していればよかったなぁ、、と。

私は結局去年何度か行ったサークルをやめました。実は一応属してたわけですが。


その辞めてしまったサークルの競技は私の非常に好きなものなのと学部で仲がいい子がまとめているのでまた少し考えます。ちょっとデブ化もやばい。運動もしたいわけです。


いまはまた他の競技に興味があるので今度その体験会に高校時代の友達と行こうと画策しているところです。



Twitterを見ていると、複雑な気持ちになることがあります。

いまの大学生活をきちんと過ごさないとと感じている一方で、来年の入試に向けて頑張っている人もいて、なんとなく羨ましいと感じたりするわけです。



何が嫌かと言えば中途半端なことです。

やりたいことが明確化していないこと、良いかもと思うことがあってもそれをやり遂げる体力と時間があるのかという躊躇があったり、将来への漠然とした不安もあるわけです。



いまは聞ける授業()は人一倍聞いてるつもりですが、もっと幅広く社会でやりたい、という気持ちにやはり変化はありません。

隣の芝は青く見える、的なアレかもしれませんが、看護は資格を取ったら大学病院には戻れなくてもそれに準ずるものにはつけるけど、一般企業への転職は選択肢がぐんと減るでしょうし。



バイトもなかなかたのしいので、自分の時間があまり確保できない現状なのですが、

TOEICやらTOEFLやら早めに受けないとダメですね、頑張ります。



仮面浪人残留考察


ちょっとセイクもして感もちが高ぶっており折角なのでこのノリを利用してブログに書きます。



仮面して後悔した人っているのかなぁとふと考えていました。

私はほとんどしていません。

「ほとんど」としたのは、1年生の遊べる時期に遊ばなかったとかいう割と大したことない後悔です。

周りの浪人を見ていても、「仮面しなければよかった」と言っている人はほとんど観測しません。そんな気がします。気のせいかもしれません。知りません。




仮面浪人に関して私は私なりに頑張ったつもりでしたが、「単純に時間、量が足りなかった」「その頑張り方が正しいベクトルでなかったことに気づくことができなかった」のだと最近は振り返って思っています。


終わった時は「頑張ったのにな」と被害妄想気味だったわけで、どうにも変えられない事実に苦しみ、考えるに考えました。

夜寝る時は明日が来なければいいのにと思いながらベッドに就き、朝起きたらまた現実の1日が始まることが苦しい、そんな期間でした。 

その頃の私のツイートを見ていた人なら不衛生だったその様子を知っているかもしれません。


この一年で何を得たのだろう、と大体の残留仮面勢は考えると思います。

人に誇れる肩書きも、頑張ったねという賞賛も得られなかったなぁ…と



そんなこんなで過ごしてきたわけですが、最近Twitterかどこかで「できるかできないかを決めるのは神様だけども、やるかやらないかを決めるのは個人」というのを見ました。

裏を返せば個人ができるのはやるかやらないかという二択なだけなんだなぁ、と凄く納得させられたわけです。

何だか不条理な気がしましたが、真理だと思います。


それからこのやるorやらないっていう選択肢を去年の私はそこまで悩むことなく決めたわけですが、今思えば凄いなぁと感じます。

周りにも凄いねと言われていました。その時はそれ以外考えられなかったのですが。


言葉にするのが難しいのですが、

私は「やる」と決めて、ここまでやりきった事を忘れたくないなぁと思っています。

個人的には本当にどうしようもない時はもう仕方ないのであって、あとはもうやるかやらないかなのかなぁと


だいぶ大きい失敗になりましたが失敗した時はそれはそれで、という心構えでいきたいです。

カタチには残りませんでしたがせめてこういう部分からだけでも私の受験に意味をもたせていきたいです。



特に残留になった人にも、受験が辛いだけの思い出じゃなくてなにか意味のあることとして、その人を豊かにするものであって欲しいなぁと感じています。



頑張らなければよかった、なんてないんだなと痛感している次第なわけです。伝わりたいことが伝わった気がしませんが、頭が回らなくなってきたのでさよならです

こんにちは、春ですね。

麗らかな春とはまさに今日みたいなことを言うのでしょう。



しかし私自身、春〜夏という季節が好きだとはいえ、苦手なものがあります。



それは日光です。



ちょっと眩しいなーという環境に晒されたり、反射した日光を見るだけで1日がんがん頭痛に襲われます。

いまさっきそれを見てしまったので頭痛が起きそうな予兆があります。



「太陽の下を歩けない」みたいな臭い厨二設定ほど拗らせていませんが、陸上競技場に行く時や、運動会の日は大抵頭痛に襲われていました。かぶれているようでつけるのを躊躇うサングラスをつける日も近いのかもしれません。

誰かこの症状を研究してください困ります。





うーん、まだ書けそうなのでオススメの本でも紹介します。

有川浩さんの「旅猫リポート」って読んだことありますかね、最近文庫本になってたので手にとって読んでみたら思ったより胸にグサァァッときました。感涙嗚咽です。

こころに傷を負った方()は読むといいでしょう。更に猫好きにはやばそうです。

登場人物が不器用なんだけどとにかく温かい、展開は初期段階ですぐよめると思いますがそれでもおすすめです。



おばさんになるにつれ心が冷めてきたのか、乙女心を慶應義塾大学経済学部の入試試験場に置いてきたのか、少女漫画を中学の時ほど読めなくなりました。内容ないなぁというものが多いのも事実なのですが。


坂道のアポロンというものと学園アリスはいまでも時々読み返します。こちらは2つとも男女問わずおすすめですね。後者は小学生が読みそうな絵柄なのに内容は意外とシリアスです。感動します。


ポケモンはいいんです、あそこで自己完結しています。いつかポケモンたちと暮らせたらいいn..ry


思えば少年漫画はあまり読みませんでしたね…

黒バスとハイキューと…あとなに読んだかなぁ…程度です。黒執事は友達が高校の頃ロッカーに入れていたので読もうとしたことがありますが1巻読んで離脱した気がします。

なんか熱い感じの面白いのあったら教えてくださいよろしくケロッピです。